台湾旅行 準備編

息子が40℃の熱を出して保育園を早退してきたので来週の台湾旅行は残念ながら中止かと思ったけれども一晩で平熱に戻った。念のためキャンセル保険を掛けてはあるが、次にまとまった休みが取れる機会がいつになるか分からない。もしも直前にまた高熱が出たら旅行は中止だし、このブログも準備編だけで終わりになるだろう。できれば続編を書きたいので息子は平熱を保ってほしい。

訪問地の予約等のためメールのやりとりをしている。台湾には英語を流暢に話す人が多いというが、メールでは割と英文法の間違いがあった。こちらも語彙が乏しいし前置詞が分からないけど自信を持ってどんどん間違えようと思う。英会話もなんとかなるだろう。相手が英語を話せない場合は、それはそのとき考える。

旅行の準備は概ね終わった。今週はとりあえず仕事を頑張る。

追記 夕方から再び39℃。

追記2 37℃台に下がったので病児保育へ。

シチュー

けんちん汁に入れたみじん切りのショウガが辛いと言って子どもがほとんど食べなかった。大人にとっては隠し味程度の量だけれど、きっと子どもは舌の作りが異なっていて、特定の味を強く感じるのかもしれない。一般的には、加齢とともに人の味覚が変わっていくことを味覚の成長や発達と捉える向きがあるけれど、俺はそんなものは変化に過ぎないと思う。大人の味覚が優れているわけでも、子どもの味覚が劣っているわけでもなく、単純にいまは辛味や苦味を好まない時期だというだけだ。ショウガを食べないくらい大したことではないし、辛いと感じるものを強制もできない。

とはいえコンニャクも油揚げも入れてしまったけんちん汁をどうすれば子ども好みの料理に改変できるものかと悩み、少しためらったものの生クリームと牛乳とコンソメを入れてクリームシチューに変えた。もしもコンニャクと生クリームだけを一緒に食べろと言われたら断るけれど、コンニャク入りのクリームシチューは意外にも違和感がなかった。むしろ今後は積極的にシチューの具材として入れても良さそうだ。今回入れたのは生芋こんにゃくだから、普通のこんにゃくの場合に美味しいかどうかは分からない。子どもはシチューは辛くなくて美味しいと言っていた。

コープの野菜売り場の一角に、菜の花の造花で囲まれて、春野菜の売り場があった。まだ本格的な雪を見ていないのに、まだ真冬にはなっていないのに、もう春が来たのか……と少し動揺する。あるいは服屋で季節を先取りして売り出すように、本当は春なんて遥か先なのに、春野菜と名付けて売っているだけかもしれない。暖かな冬はそもそも冬と呼べるのか、すでに春が訪れているのか、季節に何か定義があるのかも分からないけれど、もうしばらくは冬が続いてほしい。シチューは冬に作りたい。

週末

土曜日。子どもを予防接種に連れて行く。病院前の当たり付き自販機で温かいアーモンドミルクを買うと7777が揃い、ポッカの缶コーヒーを手に入れた。子どもは初めて飲んだアーモンドミルクを好きじゃないと言い、俺が2本とも飲んで腹いっぱいになる。予防接種は泣かなかった。次の接種は2年後。

帰り道に江戸川の堤防へ上り、対岸の凧揚げを眺める。凧揚げ大会でも開いているのか、それとも凧の好きな人たちがたまたま多い日なのか、大小たくさんの凧が揚がっている。家に凧を取りに帰ってから橋を渡って凧揚げやるのと、このまま帰り道にゲームセンターでマリオカート、どっちがいい? と子どもに尋ねたところ後者になった。凧揚げはまたの機会にする。

日曜日。朝から冷たい雨が降って最寄りアメダスは1℃台。雪なら散歩へ行きたいが雨だと寒いだけなので自宅に引きこもる。昼前に雨があがり、子ども二人をつれて回転寿司へ。7歳児は生魚を一切食べずに巻物といなり寿司、1歳児は離乳食と納豆巻き。

午後も自宅に引きこもり、夕食に粕汁を作る。味噌と酒粕をブレンダーで滑らかに溶いてみた。本当は酒粕のかたまりを食べるのが好きだけど、滑らかにしたのも旨いな。仕事から帰ってきた妻に子どもたちを風呂に入れてもらった。これから夕食。

完璧な一日

毎月のように家族で小旅行へ行ったことは記憶しているものの、それ以外に昨年どんな出来事があったのか曖昧な記憶しか残っていない。家事と育児と仕事に追われていたと多忙を理由にするのは好きではないけれど、客観的に見れば、猛烈に働いたとしかいえない一年間だった。正直なところ本当に疲れ果ててしまい年末には机に向かう気力もなく、頑張ったといえば聞こえはいいが、実感としては、二度と再現したくない一年間だった。

月に一日だけ気晴らしの旅行へ行くより、日々の生活がもうすこし充実しているほうがいい。家事と育児に関わる時間は減らせないにしても、それ以外の無駄に費やしてしまった時間を、見直す必要がある。今年したいことの目標を掲げるより前に、しないことリスト(©phaさん)を作りたい。体力や気力さえ残っていれば、したいことは自然とこなせるものだけど、疲れ切っていて動けないことが昨年は多かった。体力や気力を節約するために、たとえば今年「しないこと」は次のようなことが思いつく。

インターネット。仕事や家事の合間にツイッターはてなブックマークを見たりコメントしてしまうのを自制したい。俺が反応しなくとも世間は回っている。コメントは他の人に任せればいい。PCやスマホの代わりに本を読むことを習慣にしたい。本棚に積み上がった積読の消化は俺にしかできない。

仕事。今年は仕事をしない。そんな訳にはいかないが、週末に働く前提でスケジュールを組むことはやめる。自分や家族が体調を崩したときに詰んでしまうのだと昨年は学んだ。実際に経験しなくとも予測できそうなものだけど、実際に詰んでみてよく分かった。自分の限界を知ることができたと教訓を得たことにして今年はとにかく仕事をしない。

夜更かししない。しないというより急激に夜が苦手になった。35歳から体力が落ちるというのは本当で、眠気を我慢してPCに向かうことがもうできない。遅くとも日付が変わるまでには蒲団に入らないと翌日にひびく。夜更かししないと終わらない仕事は、なるべく減らしていく。

挙げていけばキリがないので「しないこと」は3個で止める。「したいこと」について言えば、読書や散歩などのゆったり過ごす時間が欲しい、ということに集約される気がする。しばらくは家事と育児と仕事だけで精一杯の日々が続くのだろうし、同時に複数のことを頑張るのは難しいから、たとえば自分の自営業をもっと拡大するなんてことはできない。仕事を現状維持しながら、読書や散歩の時間さえ確保できるなら、それ以上に望むことがない。

ハイロウズ『完璧な一日』という曲がとても好きで、まだ独身のときに、この曲だけを繰り返し聴いていたことがある。結婚して家族が増えてからはあまり聴いていなかったのだけど、振り返ってみれば、実生活が「完璧な一日」の連続だったように思える。まったく月並みな話のようではあるけれど、家族と過ごした一日一日が素晴らしかったことは確かだし、もちろん今日を振り返ってみれぱ妻や子どもたちと楽しく過ごせた一日だった。他人にとってはまったくどうでもよい話なのは承知の上だけれど、自分にとっては、すべての日々を書き残していきたいくらい、毎日の生活が楽しい。プライベートな時間が多少削られても構わないくらい、子どもは見ていて面白い。

ここまで書いてみてようやく、日記の冒頭に書いたことが誤りだったと気付く。昨年もきっと楽しい日々の連続だったに違いないのだけど、同時にあまりにも多忙だったせいで、辛かった記憶だけが強化されている。自分だけに限った話ではなく、人間の記憶なんて、容易に書き換わってしまうものなのだろう。すべての日々を書き残すことは難しいにしても、あとで正しく思い出すための手がかりとして、ここに何かしら書き残す必要がある。今日はもう0時が近づいてきて眠気に勝てないので眠る。

五月

息子は保育園に慣れ、今月からはフルタイムで通い始める。妻は長い育休を終えて、まもなく職場に復帰する。俺はとくに変わることはなく、自宅にこもって仕事を淡々とこなす日々が続く。朝夕の保育園送迎がちょいと負担にはなる。具体的には抱っこひもで肩凝りが辛い。なるべく早く自転車での送迎に切り替えたい。

五月を無事に見送り、六月を迎えた。新しい月を迎えることに過敏になっている。くるり『東京』の『あい変わらず季節に敏感にいたい』は好きな歌詞だが、俺はできれば鈍感でいたい。基本的には毎日、子どもたちと笑いながら過ごしている。意図的にそうしている訳でもなく、本当に毎日楽しいのだ。

母の体調は宜しくないが、宜しくするつもりで動いているので、思考と言動には乖離がある。ほかに適切な場もないのでここに書くと、母は2年か3年ほどだろうか。某EGFR肺がん治療薬の全生存期間の中央値が34ヶ月というのを根拠に考えている。思った以上に転移が多く、厳しい状況ではある。

自分の人生の中でもっとも良い時期と、もっとも良くない時期がいま同居している。子どもたちと妻はかわいいし仕事も軌道に乗ってきた。人生がこんなにも複雑で重層的なものだとは考えたことがなかった。シンプルな不幸や幸福ではなく、よく分からない。分からないものを分からないままで書き留めることを、しばらくは続ける。