完璧な一日

毎月のように家族で小旅行へ行ったことは記憶しているものの、それ以外に昨年どんな出来事があったのか曖昧な記憶しか残っていない。家事と育児と仕事に追われていたと多忙を理由にするのは好きではないけれど、客観的に見れば、猛烈に働いたとしかいえない一年間だった。正直なところ本当に疲れ果ててしまい年末には机に向かう気力もなく、頑張ったといえば聞こえはいいが、実感としては、二度と再現したくない一年間だった。

月に一日だけ気晴らしの旅行へ行くより、日々の生活がもうすこし充実しているほうがいい。家事と育児に関わる時間は減らせないにしても、それ以外の無駄に費やしてしまった時間を、見直す必要がある。今年したいことの目標を掲げるより前に、しないことリスト(©phaさん)を作りたい。体力や気力さえ残っていれば、したいことは自然とこなせるものだけど、疲れ切っていて動けないことが昨年は多かった。体力や気力を節約するために、たとえば今年「しないこと」は次のようなことが思いつく。

インターネット。仕事や家事の合間にツイッターはてなブックマークを見たりコメントしてしまうのを自制したい。俺が反応しなくとも世間は回っている。コメントは他の人に任せればいい。PCやスマホの代わりに本を読むことを習慣にしたい。本棚に積み上がった積読の消化は俺にしかできない。

仕事。今年は仕事をしない。そんな訳にはいかないが、週末に働く前提でスケジュールを組むことはやめる。自分や家族が体調を崩したときに詰んでしまうのだと昨年は学んだ。実際に経験しなくとも予測できそうなものだけど、実際に詰んでみてよく分かった。自分の限界を知ることができたと教訓を得たことにして今年はとにかく仕事をしない。

夜更かししない。しないというより急激に夜が苦手になった。35歳から体力が落ちるというのは本当で、眠気を我慢してPCに向かうことがもうできない。遅くとも日付が変わるまでには蒲団に入らないと翌日にひびく。夜更かししないと終わらない仕事は、なるべく減らしていく。

挙げていけばキリがないので「しないこと」は3個で止める。「したいこと」について言えば、読書や散歩などのゆったり過ごす時間が欲しい、ということに集約される気がする。しばらくは家事と育児と仕事だけで精一杯の日々が続くのだろうし、同時に複数のことを頑張るのは難しいから、たとえば自分の自営業をもっと拡大するなんてことはできない。仕事を現状維持しながら、読書や散歩の時間さえ確保できるなら、それ以上に望むことがない。

ハイロウズ『完璧な一日』という曲がとても好きで、まだ独身のときに、この曲だけを繰り返し聴いていたことがある。結婚して家族が増えてからはあまり聴いていなかったのだけど、振り返ってみれば、実生活が「完璧な一日」の連続だったように思える。まったく月並みな話のようではあるけれど、家族と過ごした一日一日が素晴らしかったことは確かだし、もちろん今日を振り返ってみれぱ妻や子どもたちと楽しく過ごせた一日だった。他人にとってはまったくどうでもよい話なのは承知の上だけれど、自分にとっては、すべての日々を書き残していきたいくらい、毎日の生活が楽しい。プライベートな時間が多少削られても構わないくらい、子どもは見ていて面白い。

ここまで書いてみてようやく、日記の冒頭に書いたことが誤りだったと気付く。昨年もきっと楽しい日々の連続だったに違いないのだけど、同時にあまりにも多忙だったせいで、辛かった記憶だけが強化されている。自分だけに限った話ではなく、人間の記憶なんて、容易に書き換わってしまうものなのだろう。すべての日々を書き残すことは難しいにしても、あとで正しく思い出すための手がかりとして、ここに何かしら書き残す必要がある。今日はもう0時が近づいてきて眠気に勝てないので眠る。